Appleは2075年まで生き残る!そう語るスティーブ・ウォズニアック氏ってどんな人?

引用元:http://iphone-mania.jp/news-85924/

ユキオです。

会社生存率ってご存知ですか?

そうです。会社が法人組織が設立されて倒産するまでの期間を国税局がデータベースにまとめたものになります。

法人が設立して5年後の生存率は14.8%、10年後の生存率は6.3%、20年後は0.4%と言われています。

20年後の生存率で計算すると100社あっても1社も残っていないという結果が出ています。

それだけビジネスというのは難しいというわけですね。

まぁ、これは日本のお話し。

アメリカのIT最大手であるAppleをスティーブ・ジョブズ氏とともに創業し、「アップルを作った怪物」としても知られるスティーブ・ウォズニアック氏が、Appleは圧倒的な資金力を武器に2075年まで生き残るだろうと大胆予想したとのニュースが飛び込んできました。

ふーん、っておいおい。Appleが生き残らないと考える人がそもそもいないんじゃないの?

Appleは今や2,400億ドル(約27兆円)以上のキャッシュを保有する世界有数の大企業です。

潰れるわけないじゃない!

と突っ込みたくなるのは私だけではないでしょう。

そもそもなぜ2075年なのかというと、このインタビューが行われたのはシリコンバレーで開催されたコミコンのテーマが「人類の未来:2075年にはどこにいるだろうか」という内容だったからだそうです。

「2075年のAppleはどうなっていると思いますか?」と質問されたわけですね。

正直、スティーブ・ウォズニアック氏ではなくても存続すると答えているでしょうね。

そんなスティーブ・ウォズニアック氏のことなのですが、Appleファンなら知っている方も多いと思いますが、知らない方の為にご紹介させていただきます。

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スティーブ・ウォズニアック氏

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/

本名はステファン・ゲーリー・ウォズニアック。

コンピューターの天才としても知られており、スティーブ・ジョブズとロン・ウェインらと共に、商用パーソナルコンピューターで世界初の成功を収めたAppleの共同設立者の一人です。

6歳でアマチュア無線の免許を取得し、自作でアマチュア無線を組み上げたり、13歳でトランジスタの組み合わせによる原始的なコンピューターで科学コンクールで優勝するという天才っぷりを発揮しています。

1971年、あの有名なコンピューターハードメーカであるヒューレッド・パッカード(hp)の夏季インターンシップでスティーブ・ジョブズ氏と運命的な出会いを果たします。

性格も容姿もまるで正反対の二人でしたが、すぐに意気投合しました。

その年に発行された「エスクァイア」という男性誌にブルー・ボックスという装置が掲載されました。

このブルー・ボックスは電話システムを騙して不正に無料で電話をかけることのできる装置で、早い話がタダで長距離電話をかけることが出来るようになる違法な装置です。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/

これで悪知恵が働いたウォズニアック氏とジョブズ氏はスタンフォード大学の図書館に忍び込み、AT&T(アメリカの大手電話会社、日本でいうとNTTのような会社)の技術資料をもとに、オリジナルのブルー・ボックスの開発に成功しました。

ウォズニアック氏はこの装置を使いバチカンに電話をかけて教皇を電話口に呼び出そうとしたとか。

なんとも恐れ知らずは人ですね。

ちなみにジョブズ氏はこの装置をUCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)の寮で、一台100ドルから150ドルで売りさばき大儲けしていたみたいです。

もうこの頃からビジネス(お金儲けの感覚)センスがあったようですね。

1974年に、インテルにより8080という8ビットマイクロプロセッサがリリースし、Altair 8800という世界初の個人向けコンピューターが発売されました。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/

これを見たウォズニアック氏はもっと安価でもっと高性能なコンピューターを作れると確信し、なんと半年で本当に作ってしまうのです。

そしてジョブズ氏とともにそのコンピューターを売りさばきます。

そのコンピューターがApple Iです。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/

手作り感が半端ないですね。

コンピューターシェルが木製です。

このApple Iの販売で$8,000(当時のレートで計算すると約240万円)の利益を得ます。

これを機にApple Iの拡販を計画するジョブズ氏は投資家マイク・ラークラー氏を口説き、3人で1977年にアップルコンピューターを法人化させました。

Appleの誕生です。

その後、処理能力の向上と外部ディスプレイへのカラー表示、機能拡張スロット、内蔵キーボード、データ記録用カセットレコーダをもつApple IIをほとんど独力で開発します。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/

このApple IIは1,298ドルで販売されました。

コンピューターとディスプレイが一体になった斬新なコンピューターでした。

当時としては高額な価格設定にも関わらずなんと販売台数は200万台をAppleに当時のレートで6億5400万円という莫大な利益をもたらしました。

1980年にAppleは株式公開を行い、ウォズニアック氏には1億ドル(当時のレートで200億円)を超える創業者利益が転がり込みます。

この株式公開をする際、株を持っていたのは創業者と一部のマネージャーだけでした。

しかし、ウォズはストックオプションの権利を持たない従業員にウォズプランという形で、彼の所有分から1人2,000株まで買えるようにしたのです。

ジョブズ氏やマークラ氏は、この行為は間違っていると非難しましたが、ウォズは「おかげで家を買ったり、子供を大学に通わせたりできたと多くの感謝を受けた。やった甲斐があった」と語っています。

もともと金銭欲がない方で、お金持ちになりたいから成功したいと思ってなかったようです。

「画期的なものが作りたい」

そんな気持ちが強い人なんですね。

1985年にウォズニアック氏が開発したApple IIが適正な扱いを受けていないことを理由に退社します。

このころAppleはマッキントッシュというコンピューターの開発に注視しておりApple IIがおざなりになっていました。

ちなみに皮肉なことに、マッキントッシュプロジェクトを指揮していたのは親友であり共同設立者のスティーブ・ジョブズ氏でした。

ウォズニアック氏を知る人は彼をこう言います。

陽気でよく喋るが内容が典型的な技術オタク

金銭的な執着もあまりない

ユーモアのセンスは素晴らしい

少年時代は引っ込み思案な性格だった

そしてIQは200らしいです。まさに天才ですよね。

正直、ウォズニアック氏がいなければAppleは誕生していなかったでしょう。

ジョブズ氏が最高の営業マンなら、ウォズニアック氏は最高のエンジニアです。

アップルのApple IIの冷遇を不満に退職したものの、長年のマッキントッシュユーザーであり、誰よりもApple製品を愛している一人でもあります。

ちなみにウォズニアック氏が設立したリモコンを作成する会社のリモコンのデザインをAppleが委託していた会社に頼んでいたことを知ったジョブズ氏が激怒して、そのリモコンを床に叩きつけてぶち壊し、「この会社の注文は一切受け付けるな」と怒鳴り散らしたのだとか。

そんな理不尽なジョブズ氏のことをウォズニアック氏は今でも「親友」と呼んでいます。

まとめ

いかがでしたか?

Appleを語るうえで決して無視できない怪物スティーブ・ウォズニアック氏。

彼はAppleの創業に立ち合い、成功を修め、そして失望しました。

しかしそれでもAppleを愛しています。

ウォズニアック氏はこのインタビューでこのように語っています。

「Appleはなんにでも投資できるんだ。2075年まで彼らが存在すると考えないのは馬鹿げているよ。」と。

失望して退職したはずなのに、その会社を愛し続けているウォズニアック氏。

そして退職したにも関わらずウォズニアック氏の社員番号「1」を抹消せず、彼に社員販売を続けているApple。

どちらからも愛情を感じることができますね。

Appleという会社も、そしてこの関係も終わらないことを願うばかりです。

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